千葉地方裁判所 昭和30年(行)4号 判決
原告 江橋敏文
被告 千葉地方法務局長
訴訟代理人 望月伝次郎 外二名
主文
被告が昭和二九年八月二五日為した昭和二九年登異第三号の決定は之を取消す。
被告に対し登記官吏に命令せんことを求める原告の訴は之を却下する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は被告が昭和二九年八月二五日為した昭和二九年登異第三号の決定を取消す被告は千葉地方法務局小見川出張所の登記官吏に対し同出張所昭和二八年一一月一〇月受付第二〇〇二号を以て為された別紙目録記載土地の所有権登記名義人表示を昭和二五年七月六日嘱託錯誤に因り香取郡山倉村(現在山田町)山倉二一一三番玉造豊一と更正した登記を抹消し、右更正登記の申請を却下すべきことを命じなければならないとの趣旨の判決を求め其の請求原因として別紙目録記載土地については千葉県知事の昭和二五年七月六日土地売渡登記嘱託に基き千葉地方法務局小見川出張所同日受付第一〇八二号を以て昭和二三年三月二日自農法第一六条に基く売渡に因り香取郡山倉村(現在山田町)山倉二〇五四番地江橋敏文すなわち原告の為め所有権取得がなされたのであるところ、昭和二八年一一月二〇日に至り原告が全く知らない間に前記の如き更正登記がなされ、原告とは全く別人である訴外玉造豊一が右土地につき所有権登記名義人となるに至つた。
よつて原告は昭和二九年四月一九日下の理由により異議の申立をした。すなわち(一)更正登記なるものはその更正した表示が更正前の表示と同一性を失わない範囲にのみ許さるべきものである。そのことはその登記が官公署の嘱託に基いて為される場合においても同様である。(二)不動産登記法第六四条第五六条に依れば登記の更正には利害関係人ある場合は申請書にその承諾書又は之に代るべき裁判の謄本を添付することを必要とするのに、前記小見川出張所登記官吏は右書類の添付なく慢然と前記のような登記を為したのであるから、之が是正のため同法第一五〇条に則り異議申立に及んだというのである。
之に対し被告は昭和二九年八月二五日下の理由で原告の異議申立を棄却する決定(その事件の表示番号は主文掲記の通りである)をしたすなわち(い)登記名義人表示更正の登記が嘱託された場合登記官吏は不動産登記法上実質的審査権を有しないから更正前の登記名義人である異議申立人と更正后の登記名義人である玉造豊一とは全く別人であるかどうかを判断する義務も権限もないのである。(ろ)登記名義人の表示更正の登記は登記名義人の氏名又は住所に錯誤又は遺漏あることを発見した場合に、錯誤を証する書面(更正前の登記名義人と更正后の登記名義人が同一人であることを証するに足る書面)を添付して登記名義人から申請すべきであるが、その登記が自作農創設特別措置法による都道府県知事の嘱託に基いてなされるものであるときは都道府県知事から登記名義人表示更正の登記を嘱託できるもので、この場合においても当該登記嘱託書には前記錯誤を証する書面の添付を要するものと解すべきである。而して本件登記が不動産登記法第四九条第八号により却下すべきものを却下せずして登記した場合であるとしても、同法第一四九条の二以下において同法第四九条第一号第二号に該当する場合に登記官吏が職権を以て登記を抹消すべき手続を規定しているのに同条第三号以下の場合にこのような職権を以て登記を抹消すべき手続に関し何等規定していないところから考えると登記官吏は右第四九条第一、二号の場合を除く外職権をもつて登記を抹消することができないものであり、登記官吏が一旦登記名義人表示更正の嘱託書を受理してその登記を完了した以上別に実体法上の理由に基いて現在の登記名義人を被告として抹消登記を求める民事訴訟を提起することができるが、異議申立の方法によつてはその抹消を請求し得ないものと解すべきであるというのが異議申立棄却決定の理由である。
然しながら
(一) 登記官吏に登記法上実質上の審査権なしとは登記の申請がその要件を具備する以上はその登記原因たる売買又は貸借の事実が仮装の行為であると思われるも、その行為の真否を審査するの権限なしとの謂であつて、登記官吏と雖もその申請の要件についてはあくまで之を審査する権限を有するものである。而して更正登記は目的が同一性を害せざることを以て登記の要件としている。右要件にかなつているか否かは登記官吏が審査すべきである、ところで本件更正登記の申請書に記載されたところに依れば更正せらるべき表示と更正する表示とは全然異つているから、更正せられる表示の人がその住所に嘗つて存在しなかつた旨の証明なき限り同一人にあらずと認定すべきは事理の当然であるのに、本件登記官吏はその要件を審査することなく慢然その嘱託を受理登記したのであつて、不動産登記法第四九条第二号に該当するに拘らず登記したものといわなくてはならない。
(二) 被告は同法第一四九条の二を援用して第四九条第一、二号以外の場合は異議申立により登記を抹消せしめることが出来ない旨主張しているがけん強附会の解釈である。同法第一五〇条には広く登記官吏の不当の処分に対し異議を許し、第四九条第一、二号以外の場合は登記完了後は異議を許さない旨の明文がない。思うに訴訟に関する根本規定が改められた現在の法制の下に於て、本件の如く他人の権利侵害の結果を生ずる場合には、第四九条第一、二号以外の場合においても異議申立を許すものと解するのが正しい。されば本件違法の登記が第四九条第二号違反の登記でないとしても、なお異議により抹消せらるべきものである。
(三) なお本件登記は所有者不知の間に不法にその所有権を喪失せしめた行政処分であつて憲法第二九条に違反する無効の行政処分である、よつて行政事件訴訟特例法第二条により本訴請求に及んだ次第であると述べた。
被告指定代理人は請求の趣旨第一項については請求棄却の判決を求め請求の趣旨第二項については訴却下の判決を求め、請求原因に対する答弁として昭和二五年七月六日千葉地方法務局小見川出張所受附第一〇八二号をもつて別紙目録記載土地につき原告主張の通り原告のため所有権取得登記がなされたこと、昭和二八年一一月二〇日附をもつて千葉県知事から右小見川出張所に、香取郡山倉山上倉二一一三番地玉造豊一を更正后の登記名義人、原告を更正前の登記名義人として右不動産につき登記名義人表示更正の登記嘱託があり、右出張所登記官吏において同年一一月二〇日受付第二〇〇二号を以てその旨の附記登記を完了したこと、同附記登記に関し昭和二九年四月一九日原告からその主張の如き理由により異議の申立をなし、同年八月二五日に被告が原告主張(い)(ろ)の如き理由をもつて右異議申立に対し棄却の決定(その事件番号は原告主張の通りである)をなしたことは認める。被告が原告の本訴第一項の請求を理由がないとする所以は今尚(い)(ろ)に記載せられているところと同一である。要するに登記官吏は実質的審査権を有する機関でなく、本件の場合は不動産登記法第四九条第八号違反であつて、同条第二号違反の場合ではない。従つて異議申立があつても一旦完了された登記を登記官吏自ら抹消することは許されない。原告は独自の見解を以て被告を論難するものであつて被告は之に賛成することが出来ないと述べ、本訴第二項の請求につき行政事件訴訟特例法第二条に「違法な処分の取消又は変更」とあるのは裁判権の限界上、違法な処分の取消の意であるから、原告は請求の趣旨第二項記載の如きことを被告に対し求めることは許されない、と述べた。
理由
法律見解は別として原告主張の事実関係はすべて被告の認めるところである。
さて不動産登記法第四九条第二号に所謂「事件が登記すべきものに非ざるとき」には絶対に登記能力のない入会権留置権に関する登記の申請の如きばかりでなく、同一不動産についての二重の保存登記の申請、売買と同時に登記しなかつた買戻契約に基く買戻の登記の申請の如く不動産登記法上及び実体法上許されない登記の申請をも包含することは異論のないところである、そうだとすれば登記名義人自体の錯誤の場合すなわち或る権利取得の登記につき権利者甲を乙と誤つた場合に更正登記が許されないことは不動産登記法上極めて明瞭であるから、かゝる登記の申請又は嘱託も亦第四九条第二号に該当するものと云わなければならない。今本件について見るのに客観的には原告と訴外玉造豊一とは全く別人であることが争ないのであるが、登記官吏には所謂実質的審査権がなく形式的審査の権利義務のみを有しているから、この点に関連せしめ、考えて見る必要がある。もし本件の場合を登記官吏の形式的審査権に照らして、尚且原告と訴外玉造豊一とが別人であること明白ならば(本件は登記官吏が「登記すべきに非らざるとき」に登記した第二号違反の登記と云うべく、この場合は錯誤の証明書の添付の有無の問題ではない。けだしかゝる場合は錯誤の証明書の有無に拘らず登記が許されない場合であるからである、もし又本件の場合が登記官吏の形式的審査権に照らして原告と訴外玉造豊一が別人であること必ずしも明白でないならば、それは「登記すべきに非ざるとき」に登記したと云うことが出来ず、この場合は単に第四九条第八号の錯誤の証明書を添付せずして登記した過誤のみ存する場合と云わなければならない。
それならば登記官吏の形式的審査権とは如何なるものかというに、それは申請書自体で判ることは審査せねばならぬのである。すなわち申請書又は嘱託書を不動産登記法並びに経験律に照らして審査すべき権利義務がある。実質的審査権がないとの故を以て不動産登記法並びに経験律を無視して慢然登記申請書又は嘱託書を看て申請を容れることは許されない。
本件更正登記の嘱託書は更正前の登記名義人の表示「香取郡山倉村山倉二〇五四番地江橋敏文」を更正后の登記名義人の表示「香取郡山倉村山倉二一一三番地玉造豊一とする更正登記の嘱託であつたから両者住所の地番及び氏並びに名の三者を全然異にし類似点は更にない。吾人の経験律に照らせば両者が別人であり、権利者を玉造豊一とすべきを錯誤により別人なる江橋敏文としてしまつたことを改める趣旨の更正登記の嘱託であることが極めて明白であつて、実質的審査を用いねば別人たることが判らぬ底のものではない、そうだとするならば前述の理由により本件更正登記は不動産登記法第四九条第二号違反の登記と云わざるを得ない。そうだとするならばかゝる登記は職権をもつて抹消し得ること従つて又右事由を以てした原告異議申立の理由のあることは多言を要しない。畢竟被告の決定は当裁判所と異る見解の下に原告の異議申立を棄却したもので不当であるから、原告はその余の主張につき判断するまでもなく、之を取消すべきものとする。而して右の如く異議申立棄却決定の取消を求める原告の請求を認容した以上、被告は之に拘束され、当然に登記官吏に相当の処分を命ずべき責務を有するから、原告が請求の趣旨第二項において求めていることはその必要がないと云うのを相当とすべく、従つて訴を以て之を求めることは許されないと云わなければならぬ、よつて原告の第二項の請求は不適法として之を却下すべきものとする。
以上の次第につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 内田初太郎 山崎宏八 桜林三郎)
目録<省略>